第5章 帰還と躊躇

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 やっぱり―――――――  風が巻き起こって目を瞑る。瞼の裏で街の光りの残像が揺れていた。  ・・・やっぱり、それじゃあダメだったんだな。あたしの選んだ道はそれではいけないんだ。  親父だって言ってた。『この道は厳しい上に孤独だ。それでもいいのか?』って。  頷いた、15歳のあたし。  でも深いところでは、ちゃんと判ってなかったんだ。  やっぱり透明人間じゃないとダメなんだ。それでないと生き残れない。下手に普通の社会に踏み込んでしまったから、足元をすくわれた。  そしてそれは、その危険性は、これからも続くんだ。あたしが、手放さない限り―――――――  こんなに冷たい風の中にいて、あたしの瞳は潤みだす。視界がぼやけて街の明かりはただの大きな円形に滲む。  やっぱり一人でいるべきなんだ。  自分がいれば、それでいいって。毎日を楽しく、好きなように生きていればそれでよかったんだ。  責任や荷物は背負い込まず。あたしは、ただ、あたし一人で。感動も喜びも誰かと分け合おうなんて思わないで。  誰かとの接点を望むなら、鈴木が言うように犯罪者同士でないと結局は潰れてしまうんだ・・・。  瞬きするそばから瞳が凍っていくようだった。  鼻をすする。冷えた指先がマネキンみたいに白くて固かった。  鞄の中で携帯が振動している。そのまま切れるまで放っておいた。  街の明かり。  回る鈴木の言葉。  岡崎さんや、皆の笑顔。  眼鏡の奥の滝本の瞳。  あたしの吐く白い息と、凍えた両手。  鈴木は正しい。  あたしは犯罪者で、それはこれからも続く。スリをやめることは考えられない。滝本の事務所でだけで使うと決めてからも、確かに別のスリルがあったのに、それでも押さえるのに苦労した指のうずき。  一般社会で単調な生活を送るなんて、きっとあたしの世界は死んでしまうだろう。それだけは嫌になるほどハッキリしている。  あくまでも、この指で人様からお金を頂いて生きていこうと思うなら。それでこれからもやっていこうと思うなら。  一度、全て捨てなきゃならない。  この街と素敵な人たち。  強引で甘辛いあの男、細めて見下ろすあの瞳も。  あたしは離れなければ。  そうしなければ、鈴木からも逃げられない。
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