第5章 帰還と躊躇

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「―――――鈴木とかいう野郎だな。電話があったのは」  はい、その通り。口には出さずに心の中で同意した。  部屋の明りが足りないので、滝本の眼鏡のレンズに夜景が反射している。瞳が見えない。静かな声で彼は続ける。 「何かしらの影響を与えられるのはヤツくらいだろうな。・・・仲間に引き込まれそうになったのか?もしくは、また誰かを人質にとられたか?」  あたしは目を見開いた。滝本を凝視する。  ・・・あら、もしかして。  あたしの顎から手を離さずに滝本が低くなった声で言った。 「・・・あまり俺をナメるな。辞書の暗号にはちゃんと気付いた」  辞書の暗号。  あたしを迎えに来た滝本に渡した、あの中国辞書のメッセージに。  ・・・ちゃんと気付いてた? 「・・・判ったの、あれ?」  あたしは呟く。手を離して、滝本は頷いた。  守君に返してと渡したあの辞書は、実は滝本のものだ。  北京語を話すらしいと判った滝本に、持ってたら貸してくれない?と言うと、事務所の机の引き出しからあれを出したので驚いたことがあった。  ここは中国の人からも依頼があるの?と聞くと、単に、語学に興味があるんだ、と返答があった。  まあ、あたしと似たようなもんかと思ったんだった。あたしは自由行動が好きなので、旅も一人で行きたい。  その時に使えないと不便だからという理由で、大学でも語学を主に勉強していた。  滝本が貸してくれたときにはあんなに付箋は貼ってなかった。付箋が貼ってあるページの数字を順番に電話に打ち込めば、留守番電話サービスにかかるようになっている。  そこにあたしは自分の家のオートロックの暗証番号と鍵の在り処を吹き込んでおいた。  一度家に戻ったあの時に。  鈴木を待たせている間にシャワーに盗聴器つきのリストバンドを近づけながら小声で吹き込んだので、聞き取りには少し苦労したと思うけど。  そして、ダイニングのテーブルの上には中国語辞書と同じ出版社が出している英英辞書。その下に、今回の騒動のあらましを書いて置いていったのだった。  あれを読み解いていた。  ってことは、滝本はあたしの留守中に一度この家に来たってことだ。  そしてあたしの手紙を読んだ。
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