第6章 冬から春へ

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 前でごそごそとしている滝本を放っておいてソファーで一人だらけまくっていると、飯田さんがノックと共に入って来た。 「何だ?」  滝本が顔を上げる。あたしもついでに入口を振り返った。  すると、見覚えのある人が飯田さんの後ろから覗いていた。 「桑谷さん、来てますよ。それとここに判子下さい」  飯田さんが部屋に入ってきながら言う。あたしはソファーから立ち上がって、入口で佇む大きな男の人ににっこりと笑った。 「こんにちは。無事に戻ったようで安心したよ」  覚えのある低い声で話し、ニコニコと笑っている。笑顔になると男性的魅力がいきなり溢れる人だ。歳相応の色っぽさを目元や口元に感じる。  ワイルドな魅力か。これはこれで目の保養だな。  あたしは応接室の入口まで行って、彼に頭を下げた。 「何やら心配をおかけしましたようで。すみませんでした」  いやいや、と言葉を返す桑谷さんを見上げる。  今日はひたすらひょうきんな雰囲気でその場に馴染んでいた。ここの会社を設立した当初は、きっとこんな風景だったんだろうな、とあたしは納得した。  何と言うか、とてもマッチしている。この人がここにいるの。  湯浅女史も誉田君も嬉しそうに桑谷さんを見ていた。 「・・・それにしても、驚きました。発信機、いつでも持って歩いてるんですか?」  あたしが軽く睨むと、桑谷さんはカラカラと陽気に笑う。 「そんなわけないでしょ。何がどうなるか判らないから、念のためと思って―――――」 「彰人。何しにきたんだ?」  滝本もやってきた。お互いに挨拶もなし。しかも同時に口元に皮肉な笑みを浮かべ、瞳からは笑いがなくなった。  ・・・何なの、この二人? 「お言葉だな、英男。その後の経過を知らせてくれねぇから、休みに日にわざわざ来たんだろうがよ」 「ああ、それは仕方ない。つい昨日や今日なんだ、急展開があったのが。今彼女にも来て貰って、説明を全部聞いたところなんだ」  スラリとしているとはいえ180センチを軽く越える大きな男達に挟まれた格好で、あたしは居心地が悪かった。  壁だぜ、壁。うーん・・・。  少し後ろに下がって威圧感から逃げる。と、すぐに腕を捕まれた。 「どこへ?」  目の玉だけを動かして、滝本があたしを見た。  あたしは深くて長いため息をつく。
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