第6章 冬から春へ

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「・・・背の高いあなた達に挟まれてると上ばかり見てて疲れるのよ。一々掴むのやめてくれない?」 「逃げ出すのが趣味だからな、君は」  桑谷さんが面白そうな顔をして二人のやり取りを聞いていた。それを他のメンバーも興味深げに眺めている。 「逃げるのが趣味って、何だ?」  まだレベルの低い言い合いをしているあたし達に、桑谷さんが口を挟んだ。 「ん?」  滝本が彼のほうを向いた瞬間を狙って、あたしはヤツの手から逃れる。湯浅女史の後ろに回って彼女を盾にし、睨みつけた。 「あたしは一人が好きなので、束縛を感じると逃げ出すんです!」  適当かつ辛辣に答えたら、桑谷さんは更に面白そうな顔をして滝本を見た。 「―――――彼女もまりと一緒じゃねーかよ、英男」  実に嫌そうな顔をして、滝本が冷たい目で桑谷さんを見た。  まり?あたしは少し考えて、ああ、そうか、と頷く。桑谷さんが振り回されているらしい、これまた噂の奥さんだな、確か。・・・彼女もよく逃げるのだろうか。  いや、でも犯罪者じゃないよね。その人は。何で逃げるのよ。  そして、どうして桑谷さんは嬉しそうなのだ。 「断じて一緒じゃない。お前の策略家の奥さんと一緒にするな。大体俺はお前みたいに未練ったらしく追いかけたりしない」  滝本の返答に桑谷さんが唸った。  どんどん口が悪くなる二人を止めることは出来ずに、湯浅さんは諦めたような顔をしているし、飯田さんは笑うのを懸命に我慢しているようだ。そして誉田君はといえば、ぽかんと口を開けっ放しにして、尊敬する上司の子供っぽい口喧嘩を眺めている。 「惚れた女をしっかりと捕まえておけずに掻っ攫われて動揺してたくせに、何を言ってやがる。あの時の電話を録音しとけば良かった。―――――君も大変だな、野口さん。この野郎を相手をするのは」  自分が爆弾発言をしたとはまだ気付かない桑谷さんが、ひょい、とあたしを振り返った。  あたしはそれに返答も出来ずに、一瞬で静まり返った事務所を見渡す。  俯く湯浅女史。  今や口に手を当てて笑いをかみ殺す飯田さん。  更に口をあけて驚く誉田君。  そして――――――――  全身から大量に冷気を発して、視線で人を殺せそうな顔をしている怒れる滝本。
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