第1章 薫のスペシャルな日

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 段々風が冷たくなってきた10月の終わり、あたしは誕生日を迎えた。  一応、この日が誕生日ですとクソ親父が役所に届け出た日になったってことだ。  今日で(しつこいようだが、一応、今日で)29歳。うーん・・・大人っぽい感じがする。来年には三十路だぜ、このあたしが。  あたしの人生は15歳のときに劇的に変わった。  中学校3年生のあの日、最後の進路懇談で学校に呼び出された親父がその夜、あたしを自分の部屋に呼んで聞いたのだ。「家業を継ぐか、まともに生きるか、選べ」と。  あたしは厳しい表情をしていた親父を見上げ、ほとんど即答で答えた。 「あたしもスリになる」  その日以来、あたしは親父にスリになるべく訓練され、趣味の一環として学校に通い、大学まで出た上で、立派な(?)スリになったのだ。  大学3回生の時に親父が日本を出て音信不通になってしまってからは、日々の糧はこの右手2本のスペシャルな指で稼ぎ、一人で暮らしてきた。  街を歩く善良な人々、特に大金を稼いでいるお水の皆様や金持ちの皆様から頂く年間の獲とく額は2000万を超えていた。それを世界各地の銀行にせっせと貯金して、あたしは自由に暮らしてきたのだ。  ――――――――去年の、夏までは。  去年、27歳の夏で、あたしの人生はまたまた劇的な変化を迎えた。  一人の男の出現によって。  男の名前は滝本英男。36歳(だったはず)。興信所や探偵事務所とどう違うのかが未だに理解出来ないが、調査会社というのを持っていて、そこの、社長で(湯浅女史、談)所長で(飯田さん、談)ボスで(誉田君、談)教育係(本人、談)らしい。  180センチを軽く越える長身で、色の薄い黒髪をしている。眼鏡の奥の瞳は大体三日月型に細められて微笑を作ってはいるが、色が見えないから感情が判らない。  柔和な雰囲気と紳士的な態度、完璧な敬語で話すこの男は、黙っていればマネキンのような冷たく無機質で整った外見をしている。  この男の腕時計をスるのに、あたしは失敗したのだ。
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