第1章 薫のスペシャルな日

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 で、捕まった。ヤツの事務所に連行されたってわけ。  そして蓋を開けてみればヤツはあたしの親父の知り合いで、幼少時のあたしのことも知っていたのだった。  色々あって(脅し、すかし、郷愁、罵声と涙。長くなるから全部は話せない)、あたしはフリーのスリをやめ、ヤツの調査会社のためにこの指を使うことになった。  そんな約束をした。  仕事の依頼があって、それを完達させ、報酬を貰う。今は、それと趣味のパソコンでの報酬で生活をしている。  犯罪者であることには違いはないが、あたしの身分を知っていて、それでも受け入れている集団があるということが、今までとは大きな違いだ。  ポカをして警察に捕まっても、助けてくれるところがあるという事。それは、あたしには想像も出来ないくらいの安心感だった。  今、日課の逆立ちをしている。  時刻はお昼前の午前11時45分。  親父が出て行ってから一人で住んでいる高層マンションのあたしの部屋からは、透き通った秋の空しか見えない。  今日も相変わらず、天空には神様も天使も見えない。空は空気中の塵の反射で青く青く広がり、あたしはそれを逆立ちしたままでだらだらと見詰めていた。  ゆっくりと、足を下ろす。  頭の方へきていた血液がまた体を回りだすのを感じる。  ようやく息を吹き返したばかりのあたしの体を大きく伸ばした。  ここ数日、ずっとパソコンに向かっていた。  スリをしていた頃に身分の隠れ蓑にしていた自宅でのパソコンワークに依頼が数件重なり、本業かと思うほどの時間をさく必要があったのだ。  滝本にフリーの職人として雇われてからちゃんと学校に通ったので、独学でやっていた頃よりはパソコンの技能も上がっている。  いきつけのカフェでした店のHP作りの仕事を評価してくれたお客さんが、他の人を紹介してくれているのだ。  何とか昨日でやっと目処がつき、固まりまくった体を今朝はずっとほぐしているというわけ。もう5日間も家に缶詰状態だった。
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