prologue

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噴煙はまだあちらこちらから立ち上る。 時折何かが崩れるような音が聞こえる。 山々の合間を風が走る囁きが聞こえる。 確かに勝利の咆哮は鳴り響いたのだ。 私はどうやらそれを耳にして、糸が切れたように意識を失っていたようだ。 荒野に突っ伏していたまま、瞳だけ空をとらえる。 もうすぐ夜が明ける。 開戦の時は夕刻であった、その後闇の中を戦い通し、 月夜の明かりを受けながらこちらの軍が敵国の王を捕らえたと、 誰のものとも分らぬ血飛沫を身体中に浴びながら聞いた。 全てが終わったのだ。 一度目を閉じて、甲冑のせいか疲労のせいか、重い身体を起こす。 その度に鋼の擦れる音が虚しく響く。 既に生き残った兵は撤退していた。 辺りに残るのはもう命を持たない者達だけ。 敵国の兵も居れば、我が同胞達も居る。 昨日まで共に忠誠を誓った仲間達だ。 冷静であるならばその凄惨とした情景に気をおかしくしていただろう。 今の私はただ茫然と、地べたに座ったまま、呼吸するのみである。 長きに渡る隣国との領土争い、それがこれだけ多くの命を犠牲に幕を閉じる。 幾度経験しようが、素直に喜べるものではない。 それでも無心に剣を振るうことができたのは、ひとえに忠誠心の賜物だろう。 王子はもう、帰還されたのだろうか。 最後にその姿を見たのは戦いの最中であった。 貴方のことだ、直ぐに城へ戻り 1秒でも早く弔いと、宴を開くおつもりでしょう。 普段は王政にも興味がないような素振りをして、冗談ばかり言って女中を困らせて、 私にはどんな我儘も通じると分かっていて、 その実は誰の顔をも悲しみに歪めたくはないのだ。 使命を果たした兵達を偲ぶくらいなら、 「お前達のお陰で多くの人々の未来が開けたのだ!なんとめでたいのだ!」 そう言って祝杯をあげるのだ。 そう言っていないと、恐らくあの方が誰よりも、泣き暮れてしまうから。 いくら私達が止めようが貴方は最前線を駆ける。 誰よりも大きく吠えて、誰よりも素早く相手を切り捨てる、戦士だ。 帰らなければ。 帰って第一声は、今までに言えなかった分少しだけ憎まれ口を叩いてやろうか。 「誰よりも近くでお仕えした私を忘れて帰るなんて、薄情な。」と。 今日なら許される気がする。 何故なら今日は勝利の日なのだ。
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