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一息ついたところで、携帯が鳴った。
啓人からの着信だった。
ここのところ、彼に一日の殆どを占められている気がする。
「…もしもし」
『おう。怜、家?』
「あぁ」
『あれ、夜の飲み会だけどさ』
言われて頭の中で予定表を辿る。
そういえばそんな予定が入っていたか。
「うん、」
『あ、やっぱりお前も声掛けられてた?』
「冬馬のやつだろ?」
『そーそー、あれ何処だったっけ』
「駅前の飲み屋のビルのどれか、だろ。俺も、うろ覚えだ」
立ちあがり、電子ケトルに水をためた。
数センチも入ると元に戻して湯を沸かす。
すぐにそれは音を立てて沸騰し始める。
「…結局、何の集まりだったっけ」
『冬馬の学部の連れ?』
「ん~…そうか、俺もお前も学部の連れ、って括りか」
湧いたところで肩と耳で携帯を挟んで、
マグカップにインスタントコーヒーの粉を入れて、
お湯を注ぎこむ。
『他は?誰が来る?』
「知らね」
『ふーん、そっか。まぁいいか』
啓人の側からは特に音が聞こえない。
今何処に居るんだろう。
別に今まで、気にしたことなんて無いけれど、
些細なことまで、知り尽くしていたい。
『えーじゃあさ、下で待ち合わせようぜ』
「いいよ。俺もそうするつもりだった。」
『さっすが。』
耳を澄ませる。
微かにだが人の声が聞こえる。
外に居るのだろうか。
「…啓人、」
『あー?』
「何処に居んの?」
一口コーヒーを啜りながら問うてみた。
こちらは換気口を風が通過する音だけしか聞こえない。
『え?学校学校。なんで。』
「んー?…別に。なんでもないよ。」
『えぇ?何?暇なの?行こうか?家に居るんだろ?』
「はは、いいよいいよ、聞いただけだから。」
嘘だ。お前に逢いたいよ。
別に逢ってどうこうする訳じゃないけれど。
『なぁんだよ。変なの。』
電話越しで笑う啓人は、いつもと変わらない。
それでいいんだ。
今こうして共に過ごせているのであれば
下手に動いて何かを変える必要なんてないのかもしれない。
「うん…じゃあ、夜にまた。」
だがやっと手に入れた平穏の中でこそ、
望めば彼を自分だけのものにできるのかもしれない。
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