242人が本棚に入れています
本棚に追加
流石に夜通し馬に乗り、重い鎧を、剣を扱い疲労している。
痛む節々に苛立ちながらやっと立ち上がった。
此処は隣国との境界線。
我が国は山で囲まれている小さな国で、
相手国は海に面している。
この地はなだらかな傾斜になっているのか、
夕刻には気がつかなかったが、立ち上がった私の視界には
朝日に飾られる大海が広がっていた。
海の向こうには、何も見えない。
見えないほど、広い。
遂に手に入れたのだ。
水面は太陽の光を浴びて踊るように輝く。
その上空で鳥たちが気持ちよさそうに演舞を披露していた。
微かに背後から音が聞こえる。
私の他にも生き残りが居たのか。
しかし体力などもう殆ど残っていないであろう。
ならば敵であれ味方であれ、どちらでも良い。
「―…レイ…か、おいお前、レイだな!?」
死体を踏み越えて、馬を連れた人影があった。
私の名前を呼ぶその声は、想像してはいなかったものだ。
まだ鎧を脱がず、小走りになるたびにガシャンガシャンと大きな音をたてた。
「よ、かった、居た、生きてた、無事か」
「…っケイト様…」
「悪い、遅くなった」
「何故、此処に」
汗でブロンドの髪が額に頬に張り付いている。
息は荒くて、どうやらかなり長い間動いていたようだ。
「だって、城、さ、帰って見たらお前、居ねぇから、さ、ゲホッ、」
「それで、わざわざ…」
「おう、…っお前が死んでる訳ねぇだろうし、多分忘れてきたわっつって、…戻ってきて正解。」
「…ははっ、あぁ、…そうですか…」
「ごめんごめん、淋しかった?」
「えぇ、とても。どさくさに紛れて見捨てられたのかと思いましたよ。」
「バーカ、安心しろ、お前はずっとおれのものだよ。」
「…光栄です。」
私の背後から徐々に昇る朝日が王子の顔を照らす。
泥だらけで血塗れなのに、なんて純粋に笑うのだ。
貴方の一言一言が、私にとってなんて重く響くのだろうか。
「そうだケイト様、見せたいものがある。」
「ん?」
「ほら、こちらです」
私達は海を知らない。
当然貴方も見たことがないはずだ。
もしかするとお忍びでこの辺りまで駆けてきたことがあるやもしれぬが、
朝焼けの大海原の美しさを独り占めはできない。
私が太陽の方角へ振り向くその瞬間、
足元から音が聞こえた。
そして同時に私の名を、王子が叫んだ。
最初のコメントを投稿しよう!