prologue

4/7
前へ
/123ページ
次へ
肩を掴まれ後ろに強く引かれる。 体勢を崩してその場へ転んでしまった。 だが視線だけは、向くべき方角のままだった。 生き残りが居たのだ。 それは隣国の甲冑を身に纏っている。 立ち上がり私に斬りかかっている兵に、王子も自身の剣を取り 僅かに見える相手の地肌に突き刺した。 それと同時に、王子の首筋から血が勢いよく噴き出す。 彼の背後しか見ることができなかった私には、 何が起こったのか直ぐには理解できなかった。 貴方の生暖かい血が、私の顔にも数滴降り注ぐ。 刹那だった。 「……ケイト様!!!」 人形が如くその形を保ったまま、 目の前で貴方は崩れた。 上体を抱き上げるが、 目を見開いたままで、意志を持たない空色の瞳が私を見る。 首筋には深い切り傷ができており、 瞬く間に大地を赤く染めていく。 「ケイト様、ケイト様、お応え下さい」 揺さぶるたびにまたごぷり、と、傷口や口から血が溢れた。 夜が明けて行く。 橙が白い貴方の頬を染めていく。 状況を頭が理解することを拒絶する。 「何故ですか」 敵もまた王子の剣で息絶えたようで、動く様子はない。 「…勝ったのですよ、我々は、もう、…終わったのですよ…」 兜を脱がせると、汗に濡れた髪がはらはらと落ちる。 「帰りますよ、皆、貴方の帰還を心待ちにしております。」 微かに痙攣する身体が、その動きさえを弱めていく。 抱く腕越しにそれを感じて、 私は唯無心で揺さぶった。 「ねぇ、見て下さいましたか、海ですよ、私達が望んで、焦がれた、海ですよ」 きっと国中が祭りの準備を始める。 街のあちらこちらから陽気な歌が聞こえるでしょう。 勝利を讃える凱歌が幾重にも貴方を包み込む。 花びらが空から舞うのだ。 そしてまた屈託のない笑顔を見せてくれる。 「…応えて…ください…」 私は別に、何も多くは望んでいなかった筈だ。 領土が広がろうが、 戦が無くなろうが、 世界が滅びようが、どうだっていい。 貴方と共に在ることができればそれで良かったのだ。 この小さな国で、 貴方が笑っていてくれるだけで良かったのに。 「貴方が居ないこの世界で、これ以上に何を望んで生きていけば良いのですか」 返事が来る訳がないのに、 問うことを止められない。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加