prologue

6/7
前へ
/123ページ
次へ
熱い日差しが疎ましい。 目を閉じていても分かる。 朝だ。 また1日が始まるのだ。 そして耳に届くのは、甲高い音。 徐々に大きくなるその音は耳元で同じリズムの振動を伴う。 手だけを動かしてその音の元を探り当て、慣れた手つきで音を止めた。 顔に当たる空気は冷たい。 それなのに身体中に汗をかいていた。 煩い音が消えたことに安堵の溜息をつくが、 その瞬間、勢いよく上体を起こした。 突然身体を動かしたからか、 今まで味わっていた、言い表せぬ感情のせいか、 息が上がっている。 左手は先程アラームを止めた携帯を握ったままだった。 時刻は朝の7時1分。 ディスプレイの文字が良く見えないが、通話履歴を開いて、 当然一番上に表示されているであろう相手に、発信した。 ゆっくり携帯を耳元に寄せる。 右手は厚手の布団を握りしめていた。 ダイアル音が何回も繰り返されて、その度に鼓動が早まる。 1分程その時間が続いたあと、音は途切れた。 画面が見えないから通話が途切れたのか、受話されているのかはその時点ではわからないが、 聞こえる微かなノイズが、通話状態であることを証明する。 『………ぁい』 「もしもし」 『んだよ』 「………啓人、」 『んー?』 「……いや、」 『あ?もしもし?怜?』 「あ、はい」 『はい、って、…何の用だよこんな、朝から…』 「…っ、今日、異文化共生のレポート提出、だよ。」 『…えー……?……ぅっわまじか忘れてたやっべサンキュー!』 「おう…」 『え、まじか、お前何時に出しに行く!?』 「あー……10時。」 『9時にカフェテリア、来れる?』 「うん」 『見せて』 「あい」 『じゃまた後で!』 言い終わらない内に通話を切られた。 途端に力が抜けて、携帯を持つ左手を布団に打ち付けた。 涙が止まらない。 声にならない声を、掌で覆う。 こんなにも鮮明に、昨日見た夢を覚えていたことがあっただろうか。 色彩も、香りも、温度も、感情も、 生々しくて仕方がない。 それは数時間で紡がれる訳がない膨大な歴史。 俺はもう一度携帯の画面を覗いた。
/123ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加