第1章

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その瞬間、時間が止まった。 ボールは軌道に虹を描きながら(後から思い起こしても、確かに虹は見えた)速く、しかし柔らかに。 ゴール前に走り込んだフォワードの足元に収まるよう、必要なだけのスピードで、必要なだけの高さで、そして充分な優しさで。 何年も前から予め決められていたかのように、フォワードの元へとボールが吸い込まれてゆく。 俺は瞬きも暑さも忘れて立ち尽くした。 完璧なパス、なんて言葉じゃ足りない。 正直少し震えていた。 サッカー観がぐらつきそうなパスだった。 まさかピッチに虹をかけるなんて……。 そしてゴールが決まった直後、審判の笛が鳴る。 はしゃぐチームメイト達に頭を叩かれ、照れながら祝福される彼女は試合中よりずっと幼く見えた。 自己主張もあまりしなさそうな、なんていうか普通の女子中学生だった。 別人のような振る舞いにちょっと驚きつつ見ていたら 「ごほん!」 監督らしき男の大きな咳払いが聞こえた。 さっきから気にされていたんだろう。 中学生ながら変質者として逮捕され世間を賑わすのは本意ではないので、早々に退散することにした。 まだちょっと震える体をなだめつつじいちゃんちに戻ると、本日二度目の衝撃が走った。 肉、買い忘れちゃった。 まさかあんなことになるなんて。 あの人生を変えるようなパスから三年後。 俺たちは三人で放課後の教室にいた。 「何故なんだ!」  いつもの通り親友の井上侑が窓際に腰掛け叫ぶ。  窓からは夕方の暑さを手懐けるように、心地よい風が俺たち以外いない教室に吹き込んでいる。 「何故俺には彼女が出来ない! イチャイチャしたいぞ、チャリ二人乗りしたいぞ、降りた瞬間チラっと見えるパンツを凝視したいぞ! いや見るだけでは飽き足らん、出来れば……」 「こっからダイブしたいなら止めないから」   櫻井明日菜が整った口元から小気味よく死刑宣告を下す。。 いわゆるモデル体型、陸上で鍛えた程よく引き締まったウエスト、長い手足。 健康的な肌の色と凛とした瞳は、明日菜を少しだけ大人っぽく見せているかもしれない。 まあ俺にとっちゃただの料理ベタなんだけど。 異性だなんて意識したこともない。 試しにちょっと意識してみる……、だめだ、寒気がする。 おおう夏なのにサブイボサブイボ。 俺、三浦航平を含めた3人は教室の窓際で、ぼんやりと女子テニス部の練習とひらひらしたスコートを眺めていた。
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