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「ただいま」
「おはよう南、でもこの時間に帰ってくることがなぜいけないかを理解しなさい」
自宅の玄関の扉を開けた先には、仁王立ちした女性の姿。俺の母、佐倉美咲である。ストレートパーマをあてた茶髪をポニーテールにしているその母親に言いたいこと後あるとするならば。
「歳考えろよ」
「なんの話よっ!?」
話の脇を通り過ぎ、洗面所に向かう。洗面所には鏡に向かって頭髪の生え際を気にしている一人の男性。
「手遅れだから、諦めなよ。」
「手遅れじゃないからぁぁあ!これからだからっ!」
涙目になりながら叫ぶこの男は俺の父佐倉浩平。四十になって生え際を気にし始めたが、二十年ほど前もなかなかに焼け野原だったと言うのは母、美咲談。
「南、お前また煙草吸ったでしょ!」
母親が洗面所にまで入り込み、狭い洗面所には人口密度がたかくなり、どことなく呼吸がつらい。
「南ぃ!お父さんが禁煙してるのに……一本ください!」
「何言ってんのよ!!」
勢いよく父佐倉浩平の頭部に強烈な一撃をお見舞いする母。その一撃のせいかはわからないが、父の髪が何本か宙に舞う。
「か、かみがぁぁぁあっ!?」
その宙に漂う、父の残骸。それを目撃した父佐倉浩平は膝をつく。宙に差し出された両の掌にゆっくりと髪の毛が降り立った。
「今まで、ありがとう、君がいてくれたから私は……」
「……馬鹿じゃないの?」
涙ながらに髪の毛に語りかける父を気持ち悪いものでも見るかのように一瞥した母の口からこぼれたその言葉は父に届くはずもなく。俺はその二人のやり取りを横目に見ながら服を脱ぎ捨てシャワーと浴びるために風呂に向かった。
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