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   それから、他愛も無い話をして。 会話が途切れたところで「もう帰ります」と告げた。 このまま、ここに居ても申し訳ないような気がしたから。 田所さんは困ったように笑って「そうだね」と言いながらわたしの手を握る。 「帰したくない」 「でも、わたしは、まだ……」 往生際が悪いのかもしれない。 部屋にまで着いてきて、キスを期待して瞳を閉じたくせに。 「ゆっくり考えて」 その言葉に頷くと、「タクシーを呼ぶよ」と田所さんは携帯を手に取った。 マンションの下まで送ってもらい、タクシーに乗り込んだ。 「じゃ、気をつけて」 「おやすみなさい」 タクシーの中から、軽く頭を下げる。 『おやすみなさい』なんて、久しぶりに言ったような気がする。 一日の終わりに少しだけ優しくなれる不思議な言葉だと思った。
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