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「僕は母の味が忘れられなくてね。大人になってから自分で角煮をつくってみたり料理屋に行ってみたりしたけど、母の味にはついに逢えなんだ。でも、きみのつくってくれたこの角煮は、母のと同じ味がするよ。きみはどうやってこの角煮をつくったんだい」
「私の祖母がね、むかし作ってくれたの。それを真似したの」
「へえ」
「材料も手もとにあったから」
「不思議だね。僕の母ときみのお祖母ちゃんは、角煮の同じ秘訣を持っているのか」
すごいなあ、美味いなあなどと言いながら、夫は角煮を食べている。
「そう言ってもらえると嬉しいかな。いい思い出ね」
「いや」
それが、と夫は顔を曇らせた。箸をとめる。
「いい思い出ではあったんだけど、ちょっと心残りがあってね」
「心残り?」
「うん。美味しい角煮だった。だから父にも食べさせてあげたかった」
「どういうこと?」
「母が角煮をつくった日に、父が死んだ。事故死だったらしいけど、詳しい話は聞かせてもらえなかった」
「そう」
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