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夫は何と言っていいのか困っているようだ。口をぱくぱくさせ、目を泳がせている。
「すまない」
そんなことになってたなんて。夫は苦しそうにそう言った。額に汗がういている。
「あなたが謝らなくてもいいのよ。ありがとう、気をつかってくれて」
夫に心労を与えまいと、つとめて笑顔をつくった。
「でも」
「いいの。私も、あなたのお母さんの気持ちが、ちょっとわかる。あなたには悪いけど……。私は父が嫌いだったから。あんな奴」
死んで良かったのよ、と私は言った。
「そんな言い方」
「いいの。私は後悔してないし」
「後悔?」
「それに〝あなたも喜んでた〟し」
「僕が……喜んでた?」
「そうよ。私のつくった角煮を〝母の味〟だって言ってた」
「確かに同じ味だよ。やっと味わえて、嬉しかった。でも」
なんで僕の母と同じことを言うんだ。夫はそう言って、不安げに眉をゆがめた。
「それは私が、きっとあなたのお母さんと同じことをしたから」
「〝同じこと〟?」
「角煮をつくった。あなたのお母さんがつくった角煮と、同じ味の……」
―END―
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