第1章

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「お母さん、来月結婚記念日だろう。どうしようか、記念日だし買い物でも行くか」  お父さんは、新聞を眺めながら台所にいるお母さんに尋ねた。するとお母さんはパンとスクランブルエッグが乗ったお皿を持って食卓へ来る。 「あなたのおまかせにするわ」 「おいおいなんだよそれ」  お父さんは新聞から顔を離すと、お母さんをまじまじと見た。お母さんはそれを無視するように浩(こう)太(た)とお父さんの前にお皿を置き、お父さんの隣に座った。 「いいのよ、それで少しでも家計を助けることができるんだから」  浩太はチラリとお母さんを窺う。お母さんは手を合わせて小さく「いただきます」と言い、朝ご飯に手を付け始めた。浩太は今までお母さんがなにか物をねだるようなところを見たことがない。いつも不思議に思っていた。 「そんなことより、浩太は早く学校行かないといけないんじゃないの? 来年高校受験なんだから遅刻なんて絶対にしちゃダメよ」 「わかってるよ」  浩太はお母さんの向けてくる真っ直ぐな視線を避けながら答える。  お父さんは再び新聞に目を落とした。 「にしても酷いなこれ。通り魔事件だってさ」  お父さんは低い声で言った。 「そうなんですか」  お母さんは相槌を打ったが、浩太はどうでもいいとパンに手を伸ばした。 「この辺りで起きたそうだ。しかもまだ犯人は逃げているらしい。物騒な話だな。浩太、お前はこういうことするんじゃないぞ」  冗談ぽくだがちょっかいをかけられて浩太は顔をしかめる。 「しないよ。そもそも通り魔なんて何考えてるのかわかんないし」  と、ぶっきらぼうに返事した。 「ほんとうね、なにを考えているんでしょうね。こういう人が生きていること自体が怖いわ」  ほんとにと、浩太は心の中で同意する。どういった理由であれ人を殺すのは間違っているし、感情をコントロールできないのもあほらしいと思った。   「ほんとにやるのかよ」 「おう、やるんだよ」  恭(きょう)介(すけ)は怯える宏(ひろし)に強く言い放った。  周りは田んぼに囲まれている駐車場。車は数台しか止まっておらず、駐車場を囲っているフェンスは錆びていた。恭介は周りに人がいないことを確認すると、カバンの中を漁る。カバンから空のラムネのビンとウイスキーを取り出す。 「それほんとうに成功するの?」  宏は心配そうに尋ねた。 「大丈夫だよ、インターネットでできるって書いてあったんだから」
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