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まだたった9歳だった。
何も分からないままイン国に連れて来られてすでに16年。
もう25歳になっていた。
サシャは元アストゥール王国の王子だった。
いや、違うか…父王に認められていなかったのだから…。
目が…アストゥールの青を持っていなかったから…。
それにその名前ももう必要ではない。誰も呼ばないし、ここでも自分の存在はないのと同じだ。
きっとどこに行ってもサシャはいる場所などないのが運命なのだろう。
国にもし帰れたとしてももう母親も生きてはない。サシャを王子と認めなかった、そしてサシャを放り出した前父王ももういないはず。
サシャがイン国に来た後アストゥールで政権交代の惨劇があり、前王とその妃や子らもすべて殺されたという話を子供ながら聞かせられた時には衝撃を受けた。
帰る場所などサシャに存在しないのだ。
だがそれはここイン国にいても同じ事。
定期的に運ばれてくる食事。食事の世話をしてくれる者と話をするわけでもないしサシャはただ何もせずここで息をして生きているだけ。
いっその事死んでしまえたら楽なのかもしれないがまだ生きている。
朝、身支度を整えるために鏡を覗き込めばそこに映る姿は明るい真っ直ぐの金の長い髪と緑色の目だ。
イン国にはない髪の色。
皇王の寵がなくなってから何年になるのか…。
自分に残されたのは一羽の金糸雀(カナリヤ)だけ。
国から出る時にお母様にいただいたこの金糸雀だけがサシャの生きる全てだ。
サシャが高い声で歌を歌っていた頃は一緒に声を出して啼いていた金糸雀はサシャが声を出さなくなった途端に啼かなくなった。
まるでサシャと一心同体のように…。
そっと鳥籠に近づいて手を差し伸べるが金糸雀は知らぬ顔だ。
自分の毛づくろいに忙しいらしい。
金糸雀に名もつけていなかった。今ではもう呼んでやる事もしない。
そんなサシャにも…一つだけ楽しみな事があった。
イン国皇城の高い塔に位置するサシャの部屋の格子戸の入った窓から見える登城してくる役人達をじっと目を凝らして視線を注ぐ。
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