啼けない金糸雀

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 …今日もいない…。  小さくて顔の判別もつかない位だがサシャの目にいつも飛び込んでくる人の姿をもうずっと何ヶ月も見ていなかった。  たった一つのサシャの楽しみだったのだが…今日もその姿を見る事は叶わなかった。  どこかに任務に出ているのだろうか?  …きっとそうだ。  彼の属する黒龍隊は戦をするのが仕事だ。  今も変わっていなければ、だが…。  サシャのイン国の情報と知識は9歳の時から15歳位までで止まっている。  まだあの頃は何も分からずただこの国に来て優しくしてくれる人達に対してサシャは我儘で傲慢だった。  勝手に城の中を探検したり、庭に出たりしていた。  間近で会って話したのは一度きり。  あの頃はまだ若竹のような青年だった。  年のころはサシャが12歳位で彼は黒龍隊に入ったばかりだったのだろうか…?  金の髪が珍しかったのだろう。庭で遊んでいたサシャを見て、貴族の一人がサシャを事もあろうに城の庭園内で犯そうとして押し倒してきた。  すでに皇王のお手つきだと思われていたのだろう、と今なら分かる。  何をされるのか分からず泣き叫んでいるとそこに彼が現れて助けてくれたのだ。  〝大丈夫…? 〟  あの時の声も顔もずっとサシャの心に残っている。  後先も何も考えずに接してくれたのはきっと彼だけだ。  サシャに誘われたんだと言い張った貴族は皇王によって極刑を言い渡され、そしてサシャは自由を失い後宮に入れられた。  たった一度…。  声を聞いたのも間近で会ったのも一度だけ。でも助けてくれた時の優しく気遣わしげにサシャを抱き上げてくれた腕を覚えている。  黒い双眸がサシャを覗き込んでいてそれに安心してサシャは泣き叫んだ。  よしよしと背中を撫でてくれる手。  今のサシャを満たしてくれるのは彼の存在と金糸雀だけだった。  朝の登城に彼の姿を今日も見つけられないまま肩を落とし金糸雀を見る。この子はいつまで生きていてくれるのだろう?  金糸雀が何年生きるのかサシャは知らないがもう十分長生きしているはず。今の所は元気そうに見えるが…。この子がいなくなってしまったら…自分はどうなってしまうのだろう?  いつまでもお願いだからサシャを見捨てずいておくれよ、と願いながらサシャは鳥籠を撫でた。  啼けない金糸雀…これは自分の姿だ。  たった一人塔の狭い部屋でサシャは鳥籠に頭を寄せた。
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