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穢れを知らない若者を、この手でどうにかしてしまいたい。
考えただけでゾクゾクする。ワクワクもする。
鳴沢の邪な想いを余所に、Tシャツのまま戻って来た彼は、良く冷えたハーブティーを淹れてくれた。
標高の高い高原とはいえ、日中の日射しは夏そのもだ。
乾いた喉に、優しい香りをした萌黄色のお茶は素直に体に馴染む。
去年のあの、ホッと癒された感覚が蘇った。
木漏れ日が風に揺れる。
見上げれば透き通った空があり、グラスを傾けるたびに涼やかな氷の音が木陰に響く。
こんなにのんびりした気分は久しぶりかもしれない。
女は今頃ショッピングに興じている。
付き合うのが面倒になって逃げ出して正解だった。
あの女は高原の空がこれほど澄んでいると、気付かないままバカンスを終えるに違いない。
叔父の言うとおり、つまらない女だった。
傍らで緊張している彼は、膝に握りこんだ拳で自分の想いをひた隠しにしてる。
不器用な子だ。
若さがそうさせるだけではないいじらしさを、これほど見せつけられて、何も感じないわけにはいかないと言うのに。
その横顔は、手を伸ばさずにはいられないほど滑らかだ。
化粧のない頬に、触れるだけでは飽き足らず、悪戯心も手伝ってつい唇を寄せた。
可哀そうになるくらいに固まってしまった子に、駆け引きを仕掛けるつもりでさっさと立ち去った。
間違いない。あの子はまだ、誰も知らない。何も知らない。
体も。心も。
穢れない魂に触れた高揚が、鳴沢を満たしていく。
あの子を撫でてみたいと。
それは、まだ誰の足跡も付いていない、真っ白な新雪を踏み荒らす欲望に似て、鳴沢の気持ちを捉えた。
あの女にはもう用はない。
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