第二話 ラスト・バカンス

12/38
1431人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
 一旦ダメだなと思ったものはもう取り返しはつかない。  朝目が覚めていきなり、フルメイクした顔を見せられるのも、数日でうんざりした。化粧の匂いも鼻につく。  そんな時に、またあの子に会った。  遊歩道のブナ林から飛び出して来た彼は、まさしくしなやかな野性の鹿だ。  麦わら帽子に白いTシャツ、履き古したジーンズは引き締まった脚によく馴染んでいる。  俊敏そうな身のこなしも若々しく、どこかまだ完成されていない体に見失ったものを見るようで、嫌でも目を惹きつけられた。  夏休みを利用してバイトをしている学生かと思ったら、意外にも正規の社員で成人を過ぎていると言うのも、また新鮮な驚きだ。  幼いと言うのではない。もの言いもしっかりしているし、所作もきびきびと洗練されている。  この子はおそらくまだ大人になりきれていない。  精神も、体も。  そんな瑞々しさが眩しく、同時に興味深かった。  世慣れた女達を相手にしてきたからか、声をかけただけで飛び上がるような彼の初々しい仕草がたまらなく可愛い。  飲み物を頼むと、飛び跳ねるように駆けだしていく。  さて、これをどう楽しむか。  心の中で、舌舐めずりをするような気分になった。  こちらに気のある子を弄ぶのはたやすいものだ。  ずるい大人の打算が動きだす。  今年もまた、叔父に認めてもらえなかった落胆が、鳴沢にほんのささやかな火種をつけた瞬間だったかもしれない。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!