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電車が動くまで近くの喫茶店で時間を潰そう、そう思って、来た道を戻ろうと振り向いた瞬間ーー思わず、声をあげそうになった。
何か言おうとしたが、うまく声にならず、口をぱくぱくさせている変な人みたいになってしまった。
目の前に、思いがけない人が立っていたからだ。
「もしかして……フミくん?」
数秒おいてようやく出た私のうわずった声と、
「……葵ちゃん?」
と言う声が、綺麗に重なった。
「やっぱり!久しぶり!っていうか、こっち帰って来てたんだ?」
「うん、半年くらい前にね」
その笑顔に、私の胸が、どくん、と鳴る。
フミくんに会うのは、大学の卒業式以来だった。
彼は東京の会社に就職し、同窓会にも顔を出さなかったから、約四年振りになる。
スーツ姿は就活中に何度も見ていたけれど、同じスーツ姿でも、大学生と社会人が着るのでは、全然違う。
あの頃のぎこちなさがすっかり抜けて、大人びた感じ。すごく似合っている。
格好や顔つきは大人びているものの、喋り方や笑い方は変わっていなくて、思わずキュンとしてしまった。
「あー、ほんとびっくりした。すごい偶然だね。人違いだったらかなり恥ずかしかったけど」
私がそう言うと、あはは、とフミくんが笑う。
「俺も。でもこんなところで会えるなんて嬉しいなー。元気してた?」
「あ……私ね、えっと、」
ーーーもうすぐ結婚するの。
「普通にOLしてるよ。相変わらず」
一瞬言いかけた言葉を飲み込んで、私は笑った。
結婚することは、言わなかった。
言いたくなかったんじゃなくて、言う必要がないと思ったからだ。
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