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拓馬に会わない日が続いた。連絡もこないし、こちらからもしない。
意地の張り合いなんて、意味のないことだと思う。子どもみたいだとも。
そもそも残業や付き合いで多忙を極めている拓馬からすれば、連絡する時間も気力もないのかもしれない。
そう考えれば、部屋のソファでクッションを片手に携帯電話を睨みつけている私のほうがずっと、何倍も子どもじみているのだと思う。
握りしめた携帯電話が突然震え出したので、思わず体をびくっとさせた。一瞬、拓馬かと思ったが、表示されていた名前は別のものだった。
滝川香澄ーー数日前、フミくんの口から『彼女』として出た名前だ。今、その名前は、半年前とはまるで違う響きを持っている。
「もしもし葵?久しぶり、元気してる?」
半年振りに聞く香澄の声は、相変わらずかん高くて、早口だった。
以前ならそれもまた面白かったけれど、今はちょっと笑えそうにない。口にはしないが、もう少し普通に喋れないのかな、と思う。
「元気、元気。そういえばね、この間、フミくんに会ったんだよー」
心の内を悟られないように、私は何でもないような口調で、彼の名前を口にする。
「そうそう、フミから聞いたよー。久しぶりに会えて嬉しかったって。それで、ほんとに近いうち三人で飲もうよ。急だけど、今週の金曜日とかどう?」
「金曜日ね、いいよー。行こう行こう」
「よしっ、じゃあ、伝えとくね」
「うん、楽しみにしてる」
本心で言ったつもりだが、嘘くささが出てしまったかもしれない。
動揺していた。彼女が彼のことを『フミ』と呼んだことに。
男友達は皆そう呼んでいたけれど、女友達の方はほとんど、『フミくん』と呼んでいた。香澄だってそうだったはずだ。当時の彼女に気を遣って、あえて呼び捨てにするのを避けていたのだ。
だけど、フミくんの今の彼女は香澄で、あの頃とは、何もかもが違うわけで……。
その位置に今、何食わぬ顔で立っている香澄。
恰好いい人は苦手だと言っていたのは嘘だったのか。
私が何も考えずに三人で飲もうと言ったとでも思っているのだろうか。
馬鹿げてる。そして同時に、自分がものすごく醜くて嫌な人間に思えてくる。
……違う。実際、嫌な人間なのだ。
自分の気持ちすら伝えられなかったくせに、友達の幸せを妬んでいる。自分だって、もうすぐ結婚するというのに。
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