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「結婚しようか」
と、拓馬は言った。
土曜日の夕方の喫茶店で、コーヒーを飲みながら、そろそろ行こうか、というのと同じようなトーンで。
「え、結婚?」
あんまり唐突だったので、もしかしたら聞き間違いなんじゃないかと疑いながら、私は聞き返した。
「うん、結婚」
拓馬は繰り返す。
私はチーズケーキを口に運ぶ手を止め、そこでようやく、これはプロポーズなのだと気づいた。
私の右手にはフォーク、左手はケーキの皿に添えている。拓馬はぎこちなくコーヒーカップを口に運ぶ。窓の外の木は、葉を赤や黄に染めてさわさわと揺れている。
それが、私がその時に見た景色だった。
どうして今言ったのか?
それはきっと、つい三十分ほど前に、うっかり洗脳されてしまうほど甘く美しい恋愛映画を観たからだろう。
映画についての感想をわりと真剣に言い合っていたあとで、おまけに店内には流行りのラブソングなんてかかっているものだから、自然な流れと言えなくもなかった。
「うん、結婚しよう」
十一月十日。快晴。
この日のことを覚えておこう、私はそう思った。
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