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ーードン!
引き剥がすように身体を離した。
ほとんど無意識だった。怖かった。恐ろしかった。
誰だろう……この人は。私は知らない。こんな人、私は知らない……。
転げ落ちそうな勢いで階段を降り、待たせているタクシーを横切って、走った。
冷たい風が頬を切りつけるように正面からぼうぼう吹いている。痛い。それでも走る。フミくんが追って来ないことはわかっていたけれど、それでも、私は走る。
ーー私は本当に拓馬と結婚したいのか?
ーー本当にこれでいいのか?
それは、結婚が決まってからずっと、心の内に確かに存在していた疑問だった。
私が今まで拓馬と一緒にいたのは、楽しかったからだ。離れたくなかったからだ。
だけどこの先、もしも離れたくなったとき、その時にはもう、後戻りができない。できるかもしれないけれど、きっと私にはそれができない。
不安だった。結婚後の生活なんて、未知だった。空想の世界だった。
だけどもう、すぐ近くまで来ているのだ。
そう思ったとき、自分のやるべきことをやっと、初めてわかったような気がした。
友達の幸せに嫉妬すること?
昔の恋にしがみつくこと?
違う。今、本当に必要なのは……拓馬と話すことだ。
十一時三十分。終電には、まだ間に合いそうだ。
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