前途多難な初仕事

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「えっ……と、成瀬さんが演奏した、ラフマニノフのピアノ協奏曲、ニュースで聴きました」 たどたどしく説明する俺を、成瀬さんは真剣な顔で聞いている。 「その、聴いていて思ったのは、技術的にどうとか、そういう事じゃなくて……演奏自体は、とても素晴らしかったです。誰にでも、弾ける演奏じゃなかった…けど……」 そう、たった一つだけ気になった。 「さっき言った事と同じ事を聞きますけど…演奏中、他の楽器の音、聴いてましたか?」 俺の質問に、成瀬さんは不思議そうな顔をする。 「音?そんなもの、嫌でも耳に入ってくるだろう」 「いえ、そういう事じゃなくて……一つの、同じ音楽として聴いてましたか?自分が弾くピアノと同じように」 「同じな訳がないだろう。全くの別物だ。どうして同じように考える必要性があるんだ」 やっぱり……。 「確かに、ピアノとヴァイオリンとでは全く違うかもしれませんけど、『一つの音楽を作り出す』という意味では、同じだと思うんです。成瀬さんの演奏は、完璧でした。でも、他の音と一緒に存在してなかった……今日の演奏だって同じです。北川さんの音を気にもしてなかった」 相手の音を、自分の音として聴いてるなら、北川さんの音に違和感を感じたり、反対に合わせる事だって出来る筈だ。
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