前途多難な初仕事

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「自分の演奏にベストを尽くす。それがプロなら、出来て当たり前だろう。自分の演奏を蔑ろにしてまで、他人の音に合わせる必要がどこにあるんだ?より完璧な演奏に、そうでない者が合わせるべきだ」 成瀬さんの言う事も、理解出来る。 でも、それだけじゃない。 誰かと一緒に演奏したり、一つの音楽を作るのって、それだけじゃ足りないと思うのは、俺の間違いなのかな…。 「より完璧な演奏を、全員が目指すべきだとは思います。でも、お互いの気持ちを擦り合わせる事って、大切だと思うんです。相手の自己責任で終わり、っじゃなくて、もっとコミュニケーションが必要だと思うんですよ」 そうだ。 コミュニケーションだ。 彼の演奏の違和感。 彼の音は、誰の音とも一緒じゃなかった。 沢山の音の中で、『ひとりぼっちな音』だったんだ。 「協奏曲や、二重奏だって同じです。自分以外の人と、同じ音楽を演奏するんです。楽譜通りに演奏するだけじゃなくて、コミュニケーションとか、信頼性とか、そういうのが、すごく大切っていうか……気持ちがバラバラなのに、完璧に息を合わせるなんて無理だと思います」 俺の言葉を、冷静な顔で聞いていた成瀬さんは、テーブルの上のカップを手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。
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