前途多難な初仕事

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「…………」 以前、月山薫は、メンタル的な原因から、酷く演奏が崩れた時があった。 その事を思い出した俺は、成瀬さんに何も言い返せなかった。 「その、最悪な時の演奏を聴かされた客はどうなる?アマチュアじゃない。客から金を貰っているプロだ。そのプロに、気分で左右するようなムラのある演奏をされて、客は納得出来ると思うか?プロなら、一定の演奏をするべきだ。当たり外れなど、あるべきじゃない」 成瀬さんが言っている事は、正論だ。 分かっている。 分かっているけど…。 それでも、と思ってしまう。 「以前、月山に、『人の真似ばかりして、楽しいか?』と、聞かれた事がある」 「人の真似…?」 呟いた俺に、成瀬さんは苦笑しながら髪を掻き上げた。 「恐らく、譜面通りにしか弾かない俺を、つまらない奴だと馬鹿にしていたんだろう」 「そんな……馬鹿になんて…」 俺様で、嫌な奴で、すっごい上から目線な奴だけど、真剣に演奏してる人を馬鹿にするなんて事、しないと思う……多分…。 「譜面通りにしか弾かないのは、本当の事だ。演奏に必要な事は、全て譜面に書いてある。そこから、何かを引く事も、足す必要もない。作曲者の意思は、譜面にある。それを、そのまま弾く事こそが、作曲者の意思であり、理想だ」
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