前途多難な初仕事

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確かに、曲の全ては譜面に書いてあるのかもしれない。 でも、譜面は譜面だ。 「そうでしょうか?……譜面に書いてある事だけが、曲の全てだとは思いません」 反論した俺を、成瀬さんは面白そうな表情で見てきた。 「全てじゃない?譜面が?」 「そうです。作曲者は、曲は作れても、演奏する人間の事までは分かりません。どんな人間が弾くのか、そんな事まで考えてないと思います」 長い時を経て、数え切れない沢山の人間が、クラシックを演奏してきた。 老若男女、様々な人が。 「譜面に書いてあるのは、曲の事だけです。人間の事は書いてありません。弾き手が違えば、弾き手の数だけ違う音があると思います。一人で演奏するなら、それで構わないと思います。でも、誰かと一緒に音を作るなら、成瀬さんの演奏スタイルでは難しいと、俺は思います」 「……言ってくれるね」 何故か不敵に笑った成瀬さんは、面白いモノを見るような目を、俺に向けてくる。 「すみません…でも、これが俺の率直な意見です」 「いや、悪くない。意見をしっかり伝えてくれる事は、俺としては、すごく好ましい」 「はぁ……」 やっぱりこういう所は、この人、天然だな……。
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