前途多難な初仕事

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「私達、来るのが少し遅かったみたいで……楽しみにしていた月山さんの演奏、聴き逃しちゃったんです」 可愛らしい声で、演奏をねだる女性客達に嫉妬する自分が嫌になる。 それでも、仕事後の月山薫との時間を邪魔されるのは、正直なところ嫌だった。 「……別に構わねえけど、これ飲んでからでもいいか?」 そう言って、月山薫は飲みかけのグラスを傾ける。 「は、はい!ありがとうございます!」 「すみません、私達の為に」 嬉しそうな彼女達の声に、キリッと胸が痛んだ。 自分達の席へと戻って行く彼女達を見送り、残り少ない酒を呷った月山薫は、ピアノを弾く為に立ち上がろうとする。 …………っ! そんな月山薫の服の袖を、咄嗟に掴んでしまった。 立ち上がろうとしていた月山薫が、動きを止める。 ……分かってる。 本当、みっともない嫉妬の塊みたいな行動に……全然余裕のない自分が恥ずかしくて、情けない。 そんな俺の行動に、月山薫がどんな表情をしてるのか見るのが怖くて、俯いたまま顔が上げられない。 でも、行って欲しくない。 傍を離れて欲しくない。 そんな子供じみた俺の気持ちを宥めるかのように、月山薫の手が、袖を掴む俺の手を優しく撫でた。
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