無自覚な罪作り

54/57
前へ
/550ページ
次へ
二人で気が済むまで笑い合うと、成瀬さんがスッと手を差し出してくれた。 その手に掴まり、立ち上がる。 靴どころか、ズボンまで濡れた。 あー、ほんとカッコ悪いし、恥ずかしー…。 それにしても……。 ふっと、大きな満月を見上げる。 今日が満月で良かったな。 新月だったら、絶対に見付からなかった。 「奏…」 「え?」 不意に下の名前で呼ばれ、満月から成瀬さんの方へと顔を向けた。 すると、いつの間に近くまで来ていたのか、目の前に立つ成瀬さんに驚いて、半歩後ろに後退る。 綺麗な微笑みを浮かべた成瀬さんは、冷たく冷えた右手で、俺の左頬に触れた。 「ありがとう」 囁き声と共に、成瀬さんの顔が近付いて来た。 「…………」 ………………え? 何が起きたのか、理解出来なかった。 一瞬にして、頭の中が真っ白になり、あれほど煩く鳴いていたカエルの声も、川のせせらぎの音も聞こえなくなる。 唇に触れたのが、何であるか理解するよりも先に、成瀬さんの綺麗な顔が離れた。 それでも、鼻先がぶつかりそうな、物凄く近い距離にある。 間近で俺の目を探るように覗き込んだ成瀬さんは、もう一度、近付いてこようとする。
/550ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3859人が本棚に入れています
本棚に追加