桜庭奏の正体

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*桜庭奏の正体・1* 今日は、帰国した父さんのコンサートの日。 正確には、二日目のコンサートだ。 初日は、昨日。 初日に行く事になっていたけど、用事が出来たと、用意してもらっていたチケットを次の日に変更してもらった。 昨日の夜に流れていたニュースを思い出す。 そこには、母さんと抱擁を交わし、卓人(たくと)と握手をする父さんの姿が映っていた。 誰がどう見ても、音楽一家の典型的な風景だった。 本当に、行かなくて良かった。 一人、三人から少し離れた場所に立ち、その場の雰囲気から浮いている俺が映っている姿を想像する。 なんて間抜けで、滑稽な姿だろう…。 きっと、ニュースを見ている誰もが、俺も家族の一員だなんて気付かないに違いない。 下手をすれば、迷い込んだファンの一人だ。 そんな惨めな思いはしたくない。 だから、用事があるなんて嘘をついた。 本当は、用事なんて何もなかった。 人の目に晒されるなんて、やっぱり嫌だ。 少しは自信がついたようにも思っていたけど、長年胸の中にあった劣等感は、そう簡単には消えてなんかくれない。 あの三人を前にすると……特に、卓人を前にすると、どうしても身を引いて下がってしまう自分がいる。
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