桜庭奏の正体

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卓人は、ピアノコンクールを幾つか優勝し、桜庭征一郎の息子として、世間の注目を集めるようになってきた。 もしかしたら、そんな卓人に引け目というか……嫉妬があるのかもしれない…。 俺の手さえ、怪我で潰れなければ……。 卓人を前にすると、そんな情けない俺が顔を出す。 俺は、俺の音楽を目指せばいい。 そう思えるのに、どうしても『情けない俺』は消えてくれない。 過去からは立ち直った……と思う。 今の自分を不幸だとは思わない。 寧ろ、幸せだと思う。 それでも……。 月山薫。 類稀な才能を持った、天才ピアニスト。 そんな月山薫の傍にいる自分。 思わずにはいられない。 俺には、何があるだろう……と。 昔のようにピアノが弾ける訳じゃない。 何か一つでも、コンクールで優勝したような実績がある訳でもない。 何一つない自分……。 だから、本当はいつも焦燥感に駆られている。 月山薫の隣に居られる、そんな人間になりたい。 対等でいられる人間になりたい。 でも、現実は無力な幼い自分……。 それなのに、月山薫はどんどん先へと進んでしまう。
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