恋人としての日常

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「……何やってんだ?」 いつの間にか戻って来ていた月山薫が、両手にコーヒーが入ったカップを持って、呆れたような顔で俺を見ていた。 「な、何でもない!」 慌てて体勢を整えた俺に、月山薫は、怪訝な顔をしながらも、カップを差し出してくれた。 「……ありがとう」 礼を言って、それを受け取ると、気まずさに顔を隠すようにしながら、コーヒーを飲んだ。 切なくて苦しい片思いをしていた。 誰かを好きになるのは、初めての事で、どうすればいいのか、何を思えばいいのかさえ分からない恋だった。 十一も歳上の、しかも大人の男。 当時、昔好きだった女性の事を引き摺っていた月山薫は、俺の事なんて眼中にないと思っていた。 でも、思いが通じて、俺達は恋人同士になった。 これからは、こんな穏やかな日々ばかりが続いていくと思っていた。 それが……。 テレビに映っていたピアニストによって、穏やかな日常に暗雲が立ち込めるだなんて、この時の俺は……俺達は、まだ知る由もなかった。
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