桜庭奏の正体

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そう言った俺に、父さんは観念したように息を吐いた。 「花束を触った時に、バラの棘でな。結構、深く刺さって、出番直前まで血が止まらなかったんだ」 「どこ!?」 思わず、父さんの右手を掴んで、指を確認する。 思った通り、人差し指は怪我をしていて、棘が刺さったであろう部分は、深く赤黒くくすんでいた。 しかも、位置が悪い。 怪我は、鍵盤がよく当たる場所にある。 これは、結構痛かった筈だ。 何処の業者だよ! バラの棘くらい、ちゃんと処理しろよ! ていうか!! 「なんで、本番前に花束なんか触ったんだよ!」 「いや、実際には、花じゃなくて、花束についていたカードを取ろうとしていたんだ」 面目なさそうに笑う父さんに、笑うなと怒鳴ってやりたい。 思うだけで、実際には怒鳴れないんだけどさ。 「そんなに、酷い演奏だったか?」 気にして聞いてくる父さんの表情は、少し不安そうに見えた。 「いや、実際に気付いている人は、見てる限りいなかったよ。演奏はすごく良かったから、大丈夫」 俺の言葉を聞いて、父さんは安堵の溜息をつく。 「そうか」 それにしても…。
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