桜庭奏の正体

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「俺が言わなかったのは……あまり知られたくないからです」 素直に言うと、成瀬さんは、訳が分からないと言いたそうな顔で俺を見てくる。 「桜庭征一郎の息子だと、知られたくないんですよ」 「何故?」 ……こういう時は、ストレートに聞いてくるんだな。 「……才能豊かな家族の中に、何も無い俺がいると浮いて見えるじゃないですか。同情めいた目で見られるのも、馬鹿にした目で見られるのも嫌なんで」 「何を言っているんだ、君は。どうして何も持っていないなんて言う?他の人間の前で言えば、嫌味にしか聞こえないぞ」 言われて、無意識に左手に力が入る。 「あの指の怪我の音。君以外、会場にいた誰一人として気付いてない。俺も含めて、全員だ。それを才能と言わずして、何と言うんだ」 「それは、ただ耳が良いっていうだけで…」 語尾が消えそうになる俺の言葉に、成瀬さんは呆れたように息を大きく吐いた。 「耳が良い?確かに、それもあるだろう。それにしてもだ、それだけで聴き分けられるものじゃない。しかも、凡人がどの指かまで分かる訳がないだろう」 「…………」 俯いて黙り込んだ俺の隣に、成瀬さんが腰を下ろす。
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