冷徹貴公子の依頼

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はっきり言って、音響は良くないし、どう見ても演奏向きの場所じゃない。 世界的ピアニストが、こんな所で演奏会? 場所の第一印象は、それだった。 「確かに、音響も悪いし、演奏向きの場所じゃないのは分かっている。それでも、ここで演奏する事には、意味があるんだ」 そう言った成瀬さんは、この場所の中央に立ち、ぐるりと周囲を見渡した。 「ここで演奏する為に、俺はピアニストになったと言っても過言じゃない」 どこか遠くを見るような表情で、成瀬さんがポツリと呟く。 「……そんなに、大切な場所なんですか?」 自然と、そんな言葉が口をついて出てきた。 そんな俺を見た成瀬さんは、柔らかい微笑みを浮かべる。 そして、歩いて演壇の所まで行き、手をついて身体を引き上げ座ると、こっちに来いとばかりに俺に手招きをする。 それに従って演壇の前まで行くと、スッと手を差し出された。 いや、これくらいの高さなら、自力で上がれるんだけど…。 けど、まあ、親切心でやってくれているのに、それを無視するのも人としてどうだろう。 そう考えた俺は、素直に成瀬さんの手を取り、引き上げてもらった。
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