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「葵ちゃんと話したよ。紹介してくれてありがとう」と、伊坂君は言った。
「どういたしまして」と、自然な受け答えが出来た。
「沙世ちゃんはさ、大人になるってどういうことだと思う?」
「ええー、良くかんないよ」
大人と子供の違いも、愛と恋の違いも、私には良くわからなかった。
ただ、その挟間にいることは確かだった。
「全部が曖昧で、わかんない。あ、そうだ、それが大人なのかな? 」
「それって大人か? むしろ、子供の駄々じゃね?」と、伊坂君は柔らかな笑顔で言った。
確かに、子供の駄々かもしれない。反抗期というものも、その駄々のひとつだろう。
ちなみに、今朝はいちおう「行ってきます」と言って出てきた。少しは大人に近付けただろうか。
「ま、良っか。俺、当分『子供』でいることにしたんだ。サッカー部、入ってみるよ」
伊坂君は、私とは別の道を選んだのだった。彼はもう遠い目はしない。目の前のボールを追いかけるのだ。
部活の朝練が始まれば、この登校中のひと時も失われてしまう。
寂しいけど、二股は良くないと思うのだ。
私の胸の中には、滝と大河があった。
朋美ちゃんがずっと私達の関係を維持していよう思ったように、私はずっと大河に浸っていようと思った。
なら、仕方がない。恋には、さよならを。
「またね、沙世ちゃん」と、昔も席替えの時に言ってくれた言葉を……。
「うん……、またね!」と、今回ははっきり応えることが出来た。
私は伊坂君を残して、電車を降りた。
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