第三章

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「珈琲どうぞ。最初はブラックで。」 俺と勝の前に珈琲が置かれた。 濃密なカカオの香りと、その中にほんの少しだけ酸味を感じさせるフルーティーな匂いが鼻腔をくすぐる。 人間の嗅覚とは不思議なものだ。 酸味の匂いなんて本来は感じないはずなのだが、味覚の記憶というものが、疑似体験として嗅覚を刺激するのか、確かに酸味の匂いを感じる。 口に含んでみると、香ばしいカカオのほどよい苦味、そのあとにすっきりとした酸味が続き、咽喉を通り過ぎる頃に僅かな甘味が口に広がる。 ニカラグアの特徴的な後味だ。 「こりゃ確かにミルクは必要ないな。」 勝はそういってシュガーポットを開けおもむろに砂糖を大量にぶち込みはじめた。 「あぁ。。そんなことしちゃ味が台無しに。。」 毎度のこととはわかっていても俺は思わず声を上げた。 勝という男は美食家なのだが、こと珈琲になると味覚がおかしくなるらしい。 何度注意しても珈琲には想像を絶する砂糖を投入するのだ。 おそらく勝の珈琲はもはやニカラグアに繊細の味などは皆無で、単に苦味のある砂糖湯と化しているだろう。 「ひとそれぞれに楽しみ方があるってことさ。だろ、マスター。」 勝はマスターに言った。 マスターはそんな勝にお手上げだと言わんばかりに片頬をゆがめて笑った。 「・・・それでその3人はその男の部屋に入ったのか。」 珈琲の件はどうあがいたところで勝の嗜好を変えることはできない。 わかっちゃいるけど、どうしても我慢ならなかっただけだ。 勝は茶色い砂糖湯を口に運び満足そうに頷いた。 「3人は男の部屋に入ったさ。なんでもそのとき男はすでに骨と皮だけの状態だったらしい。そこで、男は3人に故郷に捨てた女との経緯を話し始めたそうだ。同僚の話じゃ、その陰惨な声は今でも耳から離れないそうだ。」
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