第六章

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岩村さとしはなかなか寝つけなかった。 「ここ一ヶ月、夜中になると僕の枕元に彼女が立つんだ。そして耳元で恨みを晴らすとそういうんだ。。毎晩毎晩毎晩・・。」 吉良は血走った目で何度も岩村達に訴えた。 テーブルに広がる呪詛に満ちた手紙の数々。 骨と皮になり果て、狂気にとらわれたように同じことを繰り返す吉良を見て、とても尋常とは思えなかった。 吉良は一晩泊まってくれと岩村達に懇願した。 もはやその姿は岩村達が知っている吉良とは別人だった。 野田や内田はその吉良の様子に怯えて今すぐにでも逃げ出したそうだったが、岩村はそんな吉良から逃げることができなかった。 吉良のことが心配だったということもあるが有り体に言えば、吉良の執念のようなものに身体の自由を奪われたともいっていい。 野田も内田も同じようなものだったのだろう。 結局3人は吉良のマンションに一泊することになったのである。 吉良は3人が泊まることになり、安心したのか12時には寝室に入っていった。 岩村達3人はリビングルームで夜具を借りソファや床で寝ることにした。 ものの十分もすると、野田と内田の寝息が聞こえ始めた。 年末が近づき、省庁の仕事はハードである。 連日、深夜に及ぶ残業も珍しくない。 身体を横たえればすぐに睡魔に襲われてもおかしくはないのだ。 岩村も疲れはあったが、どうしたものか、肉体の疲れとは逆に目を冴えるばかりであった。 部屋に満ちている微かな臭気。 火葬場に漂う匂い。 死臭というものを直に嗅いだことはないが、きっとこういう臭いであろう、そう岩村は思った。 人の嗅覚には直接的な経験で得るものと、間接的な経験の想像で生み出すものがあるようだ。 岩村は極力その気味の悪い想像を頭の中から追い出そうとした。 気のせいだ。 気のせいに違いない。 そう思うと余計に神経が冴え渡り眠れなくなる。 灯りの消えた暗闇の中で岩村はまんじりともせず、ソファの上に横になっていた。 どれくらい経っただろうか。 次第に身体の疲れが神経を支配しはじめ、岩村の意識に少し靄がかかりはじめた。 これで眠れる。。 そう思ったときだった。 カタリ。。 音がした。
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