第六章

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岩村の神経はいきなり目覚めた。 ドキリと心臓が痛む。 足のつま先から心臓まで冷たいものがすーっと上がってくる。 頭から血の気がひき、同時に意識が覚醒する。 いや。 覚醒するなんてものではない、鋭敏かつ痛いくらい研ぎすまされる。 おかしなもので、身体はまるで鉛のように動かない。 手も足も自分のものとは思えないくらい重い。 その反面、鼓動だけが早鐘のように打っている。 む。 岩村は全身に力をこめる。 それを何度か繰り返した。 む。 む。 バチッと身体の中で電流が走った。 意識の神経と身体の神経がようやくつながる。 岩村はいきなり身体を起こさず、そっと深呼吸をした。 体温が一気に上がる。 いる。。 何かが。。 部屋の向こう。 そう。 リビングの窓ガラスの向こう。 ベランダだ。 確実に何かがそこに「存在」している。 岩村の鼓動はこれ以上ないくらい早くなる。 そっと、ベランダの向こうの「存在」に気づかれぬように腕時計を見る。 午前2時を時計の針は指していた。 岩村はそっと、床に寝ている野田と内田を見た。 ふたりとも穏やかな寝息を立てている。 起きる気配はない。 人間というものは緊張すると呼吸困難になるらしい。 岩村は何度も気ぜわしく息を吐き、空気を吸う。 そのたびにあの嫌な「死臭」が鼻腔を満たし、身体から生命力を奪っていくようだ。 見ている。 ベランダの「存在」は岩村の意識を確実に捕獲しているようだ。 まるで、獲物を狙う獣のようにジッと息を殺して、岩村を窺っている。 分厚い窓ガラスに遮られているはずなのに、もう間近にいるような気配と息づかいを感じる。 今にも窓ガラスをすり抜けてこちらにやってきそうだ。。 岩村は意を決した。 そーーっと。 そーーーーっと。 身体を起こす。 とはいってもほんの少し首をベランダの方に起こすだけだ。 白いレースのカーテンの向こう。 「それ」は「存在」した。
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