10人が本棚に入れています
本棚に追加
長い黒髪。
黒い喪服のような洋服。
白いカーテンの向こうに「存在」したものはまさしく。
「女」であった。
真っ暗なリビングルームの向こう。
ベランダにまるでオブジェのように「女」が佇んでいた。
いや。
佇んでいるだけではない。
こちらを。
見ている。
岩村は息をとめた。
黒い髪は「女」の顔を覆い、まして月明かりの光を背にしているのでその表情は窺えない。
しかし、黒髪の合間から無機質な瞳が間違いなく岩村を捉えている。
・・・・・。
目があった。
不覚にも身体が硬直して動けなくなった。
恐怖で息もできない。
タワーマンションの12階だ。
玄関から侵入したわけではあるまい。
どこからあの「女」は侵入してベランダに立っているのだ。
喉がカラカラに渇き、全身の毛が逆立ち、脂汗がじっとりと背中を濡らす。
今すぐでも大声をあげたいが、舌の根が膨張し、喉を圧迫し声が出ない。
カサ。
カサカサ。
動いている。
「女」はゆっくりと動き出していた。
ベランダを右へ右へ移動している。
少しづつ。
少しづつ。
ベランダからリビングルームに入ってくるのではと身構えていた岩村は一瞬、気が緩んだが、次の瞬間あることに気づき愕然とした。
「女」が向かっている先は・・。
吉良の寝室!
――「ここ一ヶ月、夜中になると僕の枕元に彼女が立つんだ。そして耳元で恨みを晴らすとそういうんだ。。毎晩毎晩毎晩・・。」ーー
吉良の言葉を思い浮かべた。
吉良の寝室に向かっているのだ。
このリビングルームと吉良の寝室はベランダでつながっている。
「女」はゆっくりゆっくり、その姿を吉良の寝室の方に向かって動かしていく。
その姿はやがて、リビングの窓ガラスを横切るように消えていく。
最初のコメントを投稿しよう!