第1章

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ここの売りはなんといっても珈琲を淹れる直前にマスターが手動のミルで豆を挽いてくれることだ。客の好みに合わせて豆の挽き具合を変えてくれるのさ。 俺はちょっと粗い方が好きでね。 ニカラグアは酸味と甘みのバランスがとれていてちょいとシナモンのような香りがする豆で、粗い方がその独特な香りが楽しめるんだ。 最近はもっぱらこの豆がお気に入りってわけ。 カランコロン。。 カウンターに座る俺の後ろで扉の開く音がした。 「待たせたな。」 振り向くと、勝が立っていた。 180センチ近い長身。 歳の頃は40代。 革のハーフコートに茶色のスラックス、グレーにマフラーを洒落た巻き方をして、頭の上には赤と黒の模様のトレンチハット。 これまた赤と黒の模様で彩られた変わった眼鏡をかけている。 その眼鏡の奥から鋭い眼光がこちらを見ている。洒落たいでたちとは逆に顎と鼻下に蓄えられた無精髭がこの男にただならぬ野性味を引き出している。 決して美男ではないのだが、妙な色気が勝という男にはある。 「勝さん。アンタ、今日休みかい?」 「いや。昼休憩の間に抜けてきた。」 「その格好で出勤したのか?」 「悪いか?」 勝はにやりと笑って、俺の隣に腰かけた。 古い椅子がギシギシと軋む。 「悪いも何もアンタかりにも警察官僚なんだろ。」 俺は呆れて言った。 勝は公安局第4課に配属されているれっきとした警察官僚だ。 「公安局っていっちゃ国家機密に関わる重要な機関だろ。そこの人間がいくらなんでもその格好じゃ。。」 「公安局って言ったところで俺のいてるところは資料室の管理。ま。窓際族ってやつだから。」 「それにしても・・。」 勝は元々、公安部で極左情報を収集する捜査班にいたらしい。 勝の情報収集能力と捜査活動における動物的な行動力は高く評価されていたらしが、独断専横的な性格が問題視され、ここ数年は資料管理というおおよそ本人の適性と かけ離れた部署に配属されている。 その資料管理の部署でも気まま勝手な振る舞いを続け、今の部署でも腫れ物を扱うように誰も近づかなくなったらしい。 勝倫太郎という男は、おおよそ、組織行動というものに向いていない男なのだ。 しかし、一部の上層部は勝の才能を惜しみ、今でも表沙汰にできない特殊な捜査を担当することがあるらしい。
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