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職業柄、俺もヘビースモーカーだ。
しかし世の禁煙ブームというか禁煙圧力で、すっかり街の中での居場所はなくなった。
この喫茶店に入り浸るもうひとつの理由は煙草が吸い放題という点もある。
「さて、今日はどんな話を。」
俺は手帳を開いた。
タイムイズマネー。
中年の男ふたりが喫茶店のカウンターで肩を並べて座ってるなんてあんまり気持ちのいい姿じゃない。
さっさと仕事を済ますのが俺の取り得なのだ。
「・・・相変わらずせっかちだな。」
勝は苦笑した。
その特徴的な眼鏡を外して軽く息を吐きかけ、シャツで軽く曇りを取り払う。
勝の話しはじめるときの癖だ。
「つい先日、ある若手官僚が死んだ。一応表向きには病死としているが、その死因が奇怪だった。」
勝はグラスの水をぐいっと飲んで、グラスに入っていた氷を口に含み奥歯でガリッと噛み砕いた。
「死因はなんだったんだ?」
「餓死だよ。」
「餓死?」
「そう、餓死。そいつの年棒は1千万は軽く超えてる。いわばセレブだ。そいつが餓死したってわけだ。」
「何かの事件に巻き込まれたのか?」
勝は首をふった。
「特に事件性というものは見当たらなかった。遺体は本人の自宅マンションでみつかった。監禁された様子もなく、争われたような形跡もない。」
「じゃぁ?」
「本人が何も喰べなかった。そう結論づけるしかなかったようだ。」
「自殺・・・。」
「まぁ、そういう結論だ。」
勝は、煙草を揉み消した。
まだ半ばまでも吸っていなかったがチェーンスモーカーらしい気ぜわさだ。
「マスター、珈琲はまだか?」
「勝さん、美味い珈琲は蒸らしが大切なんだよ。もう少し待ってください。」
マスターが苦笑しながら答えた。マスター独特のこだわりで、客の注文が入ってから豆を挽き、湯を沸かす、そしてたっぷりドリップ内での蒸らしの時間をとるため、
驚くほど時間がかかるのだ。
勝が気にする風でもなく二本目の煙草に火をつけた。
もちろん俺のライターでだ。
「事件性がなかったことで、一応、表向きは病死として公表して内々に処理したんだが、その後、不思議な噂が流れ始めた。」
「不思議な噂?」
「その官僚は女の霊に呪い殺されたという噂だ。」
「女の霊?」
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