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「なんでもその官僚には田舎に幼馴染の恋人がいた。高校生までの淡い恋愛関係だったようだが、女の方は深く男のことを想っていたらしい。」
「なるほど。。」
「男は大学に進学した後、公務員になって田舎に戻ってくるつもりだった。しかしながら、大学でも抜群の成績だった男は、地方公務員ではなく国家公務員の道を選んだ。結果的には女は男に捨てられた形になった。」
「木綿のハンカチーフだな。」
「例えが古いな。」
勝は乾いた笑い声をあげた。
1976年に大ヒットした太田裕美の名曲だ。
東京に就職した恋人を待つも恋人は東京を選んでしまうという恋歌で、手紙のやりとりを歌詞にした、恋人を待つ少女の切ない心情を際立たせる松本隆の見事な手腕が光った一曲である。
「今の若い奴には通用しないぞ。」
勝がからかうように言った。
「そうかもしれんが、全く同じじゃないか。」
俺は口を尖らせた。
これでも若い連中の好みにも随分ついていっている方だと思っているのだ。
少なくともこの勝倫太郎よりは。
「まぁ、確かに木綿のハンカチーフと同じだな。女は男のことが忘れられず男に毎年手紙を送っていたらしい。それが三年前に途絶えた。それから男の周りには怪奇現象が起こり始めた。」
「怪奇現象?」
「最初は、無言電話。その後、男が帰宅すると何者かが部屋に入った形跡があったり、玄関先に何も書いていない手紙が貼り付けてあったり、男が亡くなる直前には毎晩、マンションのベランダに怪しい人影が立つようになったらしい。」
「男が住んでいたマンションは何階なんだ?」
「12階だ。」
「外から誰かがよじ登ってくるなんてことは・・・。」
「できないだろうな。」
俺は首をひねった。
「ちなみに・・その男の恋人は死んでいるのか?」
勝は意味ありげな笑いを浮かべ、口笛をひゅっと吹いた。
「この噂の出所はこの男の同僚によるものだ。なんでもこの男が実際に女の霊を目撃したらしい。男が亡くなったあと随分取り乱していたそうだ。」
勝が俺の質問に答えず、話しを進めた。
こういうときはなにかの意図が必ずある。
俺は黙って勝の言葉を待った。。
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