第二章

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岩村さとしは、同僚の野田慶太、内田純也とともに、吉良義人のマンションに向かっていた。 肌寒い12月のことだ。 岩村、野田、内田、吉良の4人は財務省の同期入省である。 吉良義人は同期の中でも飛びぬけて優秀だった。 10年にひとりの逸材だとか、将来の財務省をしょって立つ男だとか、吉良を絶賛する声は多かった。 それでいて吉良は奢り高ぶることなく控えめで静かな男だった。 同期の人間にも丁寧な物腰でいつも穏やかな微笑を浮かべ的確に仕事をこなしていく。 激しいリーダーシップはないが、そんな吉良の周りには自然と人が集まってきていた。 吉良義人とはそういう不思議な魅力をもった男だった。 岩村や野田、内田の3人は特に吉良と仲のいいメンバーだった。 いや。 そう岩村達が思い込んでいるだけかもしれないが、少なくとも仕事だけでなくプライベートでもよく集まる仲であったのは事実だ。 岩村が吉良の異変に気づいたのは残暑が終わる10月ごろのことだ。 もともと、小柄で細身であったとはいえ、目で見てドキッとするほど吉良が痩せてきた。 日に日にやせ衰えるといってもいいほどだ。 目はくぼみ、その周りには大きな隈。 頬はこけ、肌には精気はなく、唇は土気色でカサカサに乾きひび割れていた。 髪の毛は至るところに十円禿げができ、歩き方もまるで老婆にように腰をかがめよろよろとしていた。 体調を崩してしばらく休んでいた吉良が久しぶりに登庁したときのことであった。 岩村が声をかけるのもためらうくらい吉良は凄惨な姿であった。 それでも声をかけた岩村に対して吉良は微笑みを浮かべて反応した。 反応したという言葉がぴったりの無機質な微笑みだった。 吉良が再び自宅療養になったのはそのすぐ後のことだった。 吉良が自宅療養になってから既に一ヶ月が経つ。 その間、吉良は誰の連絡にも返信しなかった。一部ではすでに辞表を提出したという噂も飛び交っていた。 その吉良は突然、岩村に連絡をしてきたのだ。 それが今日の明け方の吉良からのメールだった。 相談したいことがあるからマンションまで来て欲しいと。
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