第1章

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 学校に怪談はつきものだ。  一夜にして水が真っ赤になる血染めのプール、夜中に校舎に忍び込んだきり行方不明になった生徒、真夜中に校庭を行進する旧日本兵、なんてのが一般的だろう。  が、ぼくが通う誠心館(せいしんかん)高校では、ちょっと違う。  うちの学校は、戦国時代から明治維新まで続いた古い城郭の跡地に建てられている。誠心館という古くさい名前も、その城にあった藩校に由来するらしい。  そのため、誠心館高校の「怖い噂」はほとんどが武士や戦国時代にまつわるものばかりだ。  夜中に校舎内をうろつく落ち武者の霊、さらし首の松、幹に五寸釘が打ち込まれている呪いの大銀杏……などなど。  なかでも、自治体の郷土資料にも地元の伝説として紹介されるほど有名なのが、「蓮ヶ池(はすがいけ)の鬼姫(おにひめ)」伝説だ。  ――昔、この城にひとりの姫君がいた。  姫はたいそう美しく、たいそう嫉妬深く、残忍だった。  自分より美しい女を見ると片端から捕らえ、耳や鼻を削ぎ、両目をつぶし、次々になぶり殺しにしたという。  そのあまりの残虐さに、ついに家臣たちが姫を捕らえ、蓮ヶ池に沈めて成敗した。  以来、この池のほとりに美しい娘が立つと、鬼姫の怨霊に妬まれ、池に引きずり込まれてしまうのだとか。  実はこの池、うちの高校の敷地内に今も現存している。  埋め立てられ、面積は昔の四分の一ほどまで小さくなってしまっているが、それでも並みのプールなんかよりずっと広い。池の中央には小島もあり、鬼姫の怨霊を鎮めるための小さなほこらもちゃんと残っている。  見かけより水深もあり、しかも底に泥が堆積しているため、下手に飛び込みでもしたら、二度と浮かびあがれないと言われている。  肝試しがわりにどぼんとやるバカが出ないよう、校舎の裏手に広がる蓮ヶ池のまわりは、高いフェンスで囲まれていた。  それでもそのフェンスを乗り越えて、わざわざ水草の生い茂る池に足を突っ込み、上履きシューズどころか制服のズボンまでびちょびちょにするバカが、夏になるたび現れるのだが。  ……で。  ぼくは今、その蓮ヶ池のほとりに立っていた。  足元をちゃぷちゃぷと冷たい池の水が濡らしている。  ぼくはなんでこんなところにいるんだろう?  ここでなにをしていたんだっけ?  背後には錆びた金網フェンス。  ぼくはフェンスの内側に立っている。
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