第8章

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『カチャリ』 「えっ」 内側からかけた筈の鍵がゆっくり、ゆっくりと回るのが見えた。ホテルでもそうだ。マンションでもそうだ。 中から鍵をかけても、ツマミ自体がないだけで外から簡単に開くようになっている。 小さい子が誤ってかけてしまったり、気分が悪くなって開けられないのを防ぐため。 「っ、やだ!」 人間が防衛本能を見せるのは脳で処理できなかったストレスが原因なんだ。 僕がまる1日寝てしまっていたのだって、疲労もあっただろうけど 羽柴先生との事がほぼ原因。 こんなにストレスを感じているのに、どうして今に限って働かないんだろう。 ……松岡先生に、会いたいと思う気持ちが強かったからだろうか。 風呂場のドアが開いた時、シャワーの湯気が一瞬にして外へ逃げ出した。あまりの驚きで固まったままの僕は その入り口に立った松岡先生を見て、さらに驚く事になる。 先生の足元は靴が履かれたまま。 そして、右の拳にベッタリとついた赤いイロ。 僕は動揺を隠せないでいた。 真反対に落ち着いている先生はまずシャワーのレバーを下げる。 ジリジリと靴を躙(ニジ)る音が響く。先生はいつもよりも綺麗な彫刻のように見えた。 その青みがかった黒い瞳に吸い込まれそうになる。 「……どこにいるかと、思った……」 頬に添えられた掌はじゅうぶんに温かく かけられたセリフに心が縛られる。 「っ、せん」 「無事でよかった」 どうしてだ。どうして僕を振り回すの。 僕の事が好きなんでしょ?だったら だったら 僕の言う事も聞いてよ。そっとしといてよ。 ねぇ 「せんせ……」
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