第2章

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「あ、これ駐車券です」 「ああ、有り難う、ワザワザもらってくれたんですか」 短い時間だってデパートの駐車場は高くつく。 買い上げ金額に応じて駐車料金が無料になったり、割引されたりするんだ。貰わないと損でしょ? 「あ」 駐車券を受け取った、右手の親指に目が釘付けになった。 「せ、先生っ」 ん?と僕に合わせた視線。きっと慌てふためいた感情が駄々漏れだったんだろうか。 「ああ、これ?ですか」 視線を落としたソコには無惨に痕がついた先生の親指。青紫色の内出血が歯形に沿って滲んでいて、しかも、多少赤く腫れている感が否めない。 だけど、僕は不謹慎だ。目を伏せたその先に乗る睫毛が程好くカールしていてそこから顔の中央にスルリと通った鼻筋を辿り、緩くカーブを描いたしっかりとした厚さの唇を目で追う。 あの カラオケルームNo.20でのキスを思い出したのは、言うまでもない。 「見た目は案外酷そうですが、それほどまでに痛みはありません」 傷痕を見つめながら呟くように 「私は本来、余り人に痕を付けられた事はないので ……多少、新鮮ですね」 緩かったカーブがそこに、しっかりと現れて 視線だけを上げ、僕に標準が合わせられる。 「私は、‘痕’を残す方が得意ですから」 目眩だろうか グラグラと揺れるのは、何だろうか。実際に地面が揺れているのかと思うくらいに震えたのは僕の力が抜けてしまった所為かもしれない。 だけど、当たり前だ。この瞬間に僕は完璧に認識した。 姉貴の旦那である筈の人を そういう対象として、捉えてしまっている自分を。
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