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次の日。
「テーンチョ」
半開きになったシャッターの下から、覗き込むように顔を出す。
手にハタキ、口にマスク、頭に三角巾をつけたテンチョーは、アタシの姿が映った目を僅かに見開いた。
「な、なんだくるみ。悪いが今日は大掃除をするから店は休みだ」
「そんなに身構えないで。たまたま近くを通ったから挨拶に来ただけよ」
マスクを顎もとにずらし、何か言いたげなテンチョーに、アタシは笑顔で伝えた。
「あのねテンチョー。この先どんなことがあっても、アタシの気持ちは、ずっと変わらないから」
「…………」
「でも、人前で甘えたり、無茶な要求をするのはちょっとだけ自粛するわ。ちょっとだけね」
「…………」
「だから来年も……いえ、これからも、ずっとずーっと、よろしくお願いします」
腰からきっちり45度曲げ、頭を下げたまま静止。いつまでも顔を上げないでいると、明らかに動揺している声が聞こえてきた。
「……あ、ああ。その、なんだ。こちらこそ、今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、何卒お願い申し上げ」
「あ、そうそう。千種さんのほろ酔いセクシー写真があるんだけど、欲しい?」
急に顔を上げてそう言うと、『は?』という表情で固まるテンチョーと目が合う。
「ち、チグさんの?」
「そ」
「なんでお前がそんなの持ってんだ」
「昨日一緒に飲んだのよ。ほら」
アタシの提示したスマホの画面を見た途端、『はぁぁ?』という表情に変わる。ホント、わかりやすくて面白いわ。
「いやなぜ、お前がチグさんと飲んでるんだ」
「これからはね、大好きなテンチョーに幸せになって欲しいからテンチョーを応援することにしたの」
「……応援、だと?」
「そっ。アタシがうまくサポートして意中の人とくっつけたげるわ。ぜーんぶこの恋愛のスペシャリストくるみちゃんに任せなさい!」
「な、なにがスペシャリストだ。人の世話を焼く前に自分の相手をどうにかしろ」
「アタシまだ小学生だもーん。恋愛とか間に合ってまーす。あ、写真欲しいのなら、ホッペにチューね」
「無茶な要求はしないんじゃなかったのか」
「のんのん。これは要求じゃなくて、こ、う、しょ、う。写真以外にも好みのタイプとかスリーサイズとか理想の新婚生活とか性癖とか聞き出してあげてもいいわよ」
「……!!」
結局、テンチョーはアタシのホッペにチューすることはなかった。ま、今回は狼狽えるテンチョーを拝めたからよしとするわ。
もし……もしも千種さんにフラれて、アタシが結婚できる年齢になってもまだフリーでいたらかわいそうだし貰ってあげてもいいかな。それまでアタシが別の誰かに恋してなきゃの話だけどね。ま、アタシはカワイイからどんどん男に言い寄られてそれどころじゃなくなってるかもね。
だから頑張って幸せになってね。テンチョー。
「……やはり、くるみに頭を下げて好みのタイプくらいは聞くべきだったか…………いや、聞いたところでチグさんは柳のことを……。し、しかし、まだ、俺にもきっと、チャンスはあるハズだ……!」
ホント、恋愛って悩ましいものね。おばあ様。
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